【だい10わ】こふみさんの探しもの【悪意との向き合いかた】

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だい10わ:悪意との向き合いかた

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こんにちは、こふみす。

 

今回も、おつきあいいただき、ありがとうございます。

さて、自分に悪意が向けられた時、どうするか?悪意と、どうつきあうかですが…。

 

例えば、相手の誤解を解くために、相手と話し合う方法もあるかもしれません。

 

私の場合は、取り付くしまがないと言うか、とても後輩Aに話かけられるような雰囲気ではありませんでした。

また、適当にやり過ごして、気にしないという方法もあるかもしれません。

 

それも、今ひとつうまくいかないので、別の方法を試してみることにしました。




〈その1〉悪意を向ける人は、困っている人?  

悪意とのつきあい方で、最初に考えたのは、「悪意を向ける人は、不安がいっぱいで、困っている人なのかも」と、見方を変えることでした。

人は、自分が予想と違う状況が起こると、どうしたらいいのだろう、この先どうなるのだろうと、不安になります。

心の容量いっぱいになって、あふれた不安は、怒りに形を変え、自分も相手も傷つけます。

精神科医の水島広子先生は、著書の「なんだか「毎日しんどい…」がスッキリ!晴れる本」などの中で、「怒っている人は、困っている人」と述べています。

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後輩Aも、うまくいかなくて、困っていることがいろいろあるのだろう。気の毒な状態なのかもと考えてみました。

少し気持ちがラクになったものの、後輩Aから悪意を向られると、心が痛みました。

 

うーん、もうひと工夫かな?

〈その2〉いいことが起こりますように

次に取組んだのは、「悪意を向ける後輩Aにも、いいことが起こりますように」と祈る?ことでした。

 

私は、聖人君子のような広いココロを持っているわけではありません。

悪意を向けてくる相手と戦う自分と、そんな後輩Aにもいいことが起こりますようにと祈る自分。

比べれば、後者のほうが好きかなと思ったくらいです。

 

これで、さらに心の痛みは軽くなりました。

それでも、つらさがまだ残っているので、さらにもうひと工夫。

〈その3〉悪意予想

次に取り組んだのが、悪意予想(造語です)でした。

後輩Aが向けてくる悪意に名前を付け、次にどれが来るのか予想することにしました。

 

例えば、話かけても後輩Aが下を向いたままで、時々ちらっと顔を上げ、不機嫌そうに返事をするのを「一瞥(いちべつ)悪意」と名づけました。

悪意を受けて喜んでいるというのも、ちょっと変ですが、悪意予想が当たると、ちょっとうれしかったり。

 

こうして、悪意を直接受けとめるのではなく、悪意から少し距離をおき、観察してみることで、気持ちがずいぶん楽になってきました。

〈その4〉妖怪「悪意ちゃん」

背中におんぶおばけのようにくっついていた悪意が少しはがれたところで、次に、妖怪「悪意ちゃん」のアイデアが出てきました。

後輩A自身は、悪くない。
後輩の肩に乗った「悪意ちゃん」が、耳打ちして、後輩Aに様々な悪意のこもった行動をさせる。

ことわざの「罪を憎んで、人を憎まず」という感じでしょうか。

悪意との距離がさらに離れたせいか、時間が経って後輩Aの怒りが薄らいだせいか、悪意が向けられたと感じる頻度は減ってきました。

 

めでたし、めでたしと安堵していたのですが、びっくりするようなことが、最近、起こりました。



〈おまけ〉悪意の虚像

その後、職場の別の後輩から、悪意を向けられていると感じることがありました。
別の後輩を、後輩Bとします。

職場で、後輩Bは、上司Cとのやり取りで、思うどおりにならなかったようで、かなりイライラしていました。

さらに、後輩Bは、私が後輩Bの肩を持たなかったことについても、腹を立てているように見えました。

後輩Bから、初めて悪意(一瞥悪意)を向けられたと思った時は、ドキドキして、胸が痛みました。

さいわい、悪意予想と妖怪悪意ちゃんを登場させ、数時間後には、心を落ち着かせることができましたが。

 

我ながら、少しは成長したかな?と思っていたところ…驚くべきことが起こりました。

 

次の日、私は、後輩Bと打ち合わせをする機会がありました。

この時、私は、後輩Bから悪意を向けられなかったのです。

 

私が、後輩Bから向けられたと思っていた悪意(一瞥悪意)は、後輩Bが私の近くいた上司C見たくなくて、そのような行動をとったようでした。

後輩Bから向けられたと思った悪意は、後輩Bの味方ができなくて申し訳ないと引け目を感じていた私の心が生み出した、悪意の虚像だったのです。

 

悪意を感じたときは、それが本物の悪意なのか、自分が作り出した虚像なのかを、まず、見極める。

そのためには、日を変えて、もう一度相手と接してみる。

「悪意かもしれないし、悪意じゃないかもしれない」と、中立的な立場から眺めてみると、正しい判断に近づくかもしれません。

 

まだまだ、慢心するのは早い、修行?は続くという、出来事でした。

 

みなさんの中には、自分の機嫌で相手に悪意を向けたり、向けなかったりする人もいるんじゃないの?と思う人がいるかもしれません。

自分の機嫌で、悪意を向けたり、向けなかったりする人にも、悪意予想や妖怪悪意ちゃんは、使えるといいなと思います。

悪意にとらわれず、いかに悪意と距離を置くかが、悪意とつきあうカギなのかもしれません。

 

それにしても、正直なところ、なるべく悪意は向けられたくないです。

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

あなたにも、私にも、心おだやかに過ごせる時間が増えますように。

では、次回も私の探しものにおつきあいいただけるとさいわいです。

参考
毎日しんどいがスッキリ晴れる本 水島広子著 2013年 三笠書房

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