【だい16わ】こふみさんの探しもの【「よくないこと」の意味】

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前回→だい15わ:「よくないこと」とのつきあいかた



だい16わ:「よくないこと」の意味

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こんにちは、こふみす。

今日も、私の探しものに、おつきあいいただき、ありがとうございます。

それでは、「よくないこと」とのつきあい方について、考えてみましょう。

 

ストレス反応

「よくないこと」が、起こると大なり小なり、ストレスを感じます。

 

ストレスを感じて、落ち込んだり、怒ったり、悲しくなったり。食事が取れなくなったり、眠れなくなったり。

 

目の前が真っ暗になって、この先どうしていいかわからなくなることも。

 

いろいろなストレス反応が出ます。

 

ストレス反応がひどくなると、生活や仕事に支障が出て困ったことになります。

 

ストレスへの対処方法として、ストレスコーピングと言われるものがあります。

 

ストレスコーピング

職員の方に紹介しているストレスコーピングには、いろいろな種類があります。

 

例えば、ストレスになっている問題解決のため、情報を収集したり、期間を決めて、小さな目標を立て、それを少しずつクリアするとか。

 

誰かに相談する。協力や支援を依頼する。

 

今は仕方がないと諦める。

なんとかなるさとひらき直る。

 

つらいことが過ぎさるまで動かない。

事態が好転するタイミングを待つ。

 

気晴らしをする。

しばらくその問題から離れるなど。

 

ストレスコーピングの話をする時、私は、仏像に千手観音像(せんじゅかんのんぞう)という、たくさんの手を持った観音さまの像を例えに出します。

 

ストレスコーピングの方法が「手」だとすると、今日はこの手、だめならあの手、それでもだめなら別の手。

 

いろいろな手を、その時の状況にあわせて使う感じです。

 

私が一番よくおススメするストレスコーピングは、「ものの見方や考え方を変える」です。

 

ものの見方、考え方

精神科医の神谷美恵子先生は、その著書生きがいについて (神谷美恵子コレクション)のなかで、「もののみかたが変わったら、もののみえかたも変わる」と述べておられます。

 

「よくないこと」の見方や、考え方を変える方法も、いろいろあります。

例えば、「よくないこと」は、これまで起こったことに較べたら、たいしたことではないと考える。

 

「よくないこと」が起こっても、命の危険にさらされることと較べたら、それほどひどいことではないと考える。

 

「よくないこと」は、自分が成長するために与えられたチャンス。これまでのやり方とは別の方法や、選択肢を探す機会だと考える。

 

「よくないこと」は、いつか自分の役に立つと考える。

 

「よくないこと」を、今はいったん受け流す。心の中のタンスにしまっておくなどです。

 

「よくないこと」の意味づけ

私は、「よくないこと」は、自分のこれからの人生で、きっと役に立つ日が来ると思うようにしています。

 

きっかけは、私が、急性虫垂炎の手術の時に、B型肝炎のキャリア(持続感染)だとわかったエピソードと関係があります。

 

手術後に入院していた時、毎日、体温測定(検温)がありました。

 

看護師さんが、私の体温計だけ消毒薬の入ったコップに入れてきます。

 

他の患者さんの体温計は、トレイ(金属製の四角いお盆)の中です。

 

看護師さんは、消毒薬の入ったコップから体温計を出し、「あなたは、アレなんだから、わかってるでしょう」と言って私に渡しました。

 

計り終わった体温計を、消毒薬のコップに入れ、看護師さんは、部屋を出ていきました。

 

B型肝炎だから、体温計を消毒薬につける?

 

あまりのショックに、落ち込んでいると、周りの年配の女性患者さんたちから「あんな言わんでもいいのにねー」と、言葉をかけられました。

 

患者さんたちの暖かいことばに救われました。ありがたかったです。

 

外科の主治医も看護師さんもそうですが、誤った知識と行動が、どれだけ患者を傷つけるのか。

 

しかし、後日、この「よくないこと」は、仕事で役に立つことになるのです。

 

ある時、学校からの依頼で、全校生徒に病気に関する講話をする機会がありました。

 

数百人の生徒さんを前に、体育館で講話を始めました。

 

このような病気は、このような予防方法がありますと説明しても、生徒さんたちはざわざわ。聞いているような、いないような?

 

ところが、誤った知識や行動が、病気の人をいかに傷つけるかについて、入院中の自分の経験談を話し始めた途端、会場の雰囲気がガラリと変わりました。

 

それまで、下を向いていた生徒さんたちが、急に顔を上げ、真剣な顔で話を聞いてくれました。

 

その時、あの「よくなかった」ことは、この日のためにあったのかも知れないと思いました。

 

私の役割は、若い人たちに、生きるうえで起こる「よくないこと」と、それに対応する知恵を伝えることかも知れないと。

 

その日を境に、「よくないこと」が起こると、この先の人生でどのように役立つのか、ひそかに楽しみにするようになりました。

 

不思議なことに、そう考えると、「よくないこと」が、以前より重たく感じられなくなってきました。

 

「よくないこと」の意味づけが、変わったからのかも知れません。

 

「よくないこと」とのつきあい方で、もうひとつお話したいことが、あります。

 

少し長くなってしまったので、続きは、明日。

また、おつきあいいただけるとさいわいです。




 

参考

生きがいについて (神谷美恵子コレクション)

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