【diary54】Dr.かづきちの闘病日誌【うつ病患者の1日】

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前回→二人の闘病生活




54:うつ病患者の1日

前回、二人のうつ闘病生活が始まりました。

最初に異変が起きたのは、かづきち。テレビで病室の映像を見た後フラッシュバックをおこし、次第に悪化していきました。

今日は休職し始めた頃の二人の1日を紹介します。

 



 

かづきちは、フラッシュバックで疲弊していました。フラッシュバックを起こしていないときは、普段のご飯や家事は最低限することができました。

一方、くましゃんは夜は眠剤を飲んでも眠れないし、いつかづきちがフラッシュバックを起こすかと気が抜けませんでした。くましゃんは、普段は完全に放心状態で、まさにうつ病の「思考制止」を体現した状態でした。

 

こんな二人の1日は、意外と朝早く始まりました。

朝、かづきちはほぼ毎日、怖い夢を見て早起きしました。一方、くましゃんは不眠症で夜2時くらいに目が覚めて以降、全く眠れません。そのため、二人は朝早かったのです。

 

朝ごはんは、かづきち母が買いだめしたシリアルやパンを食べました。

くましゃんは、冷蔵庫にあるものを食べようと思いますが、冷蔵庫を開けるたびに頭が働かず、冷蔵庫のドアを開け閉めすることしかできませんでした。

 

昼は二人とも、ベッドの上でほぼ放心状態。かづきちは夜にフラッシュバックを起こすので、昼寝をすることで体力を回復しました。くましゃんは、眠るわけでもなく、ただボーッとベッドに仰向けになっていました。

 



夜は、ご飯を炊いて簡単な夜食を食べました。かづきちが、簡単な料理を作ることはありました。くましゃんはお湯をケトルで沸かすことはできました。

調子がいいときは、近くのファミリーレストランに行ったりもしました。

ご飯の作成には非常にエネルギーを使うのだと、うつになって初めて知りました。普通にご飯を作って片付けるだけでも、しばらく動けなくなってしまいます。そのため、ご飯を作るより、近くのレストランで食べた方が楽だったのです。

たまに、かづきち母が仕事帰りにやってきてはご飯を作ってくれました。作り置きもしてくれました。

また、くましゃん母が作ったご飯が冷凍便で届くこともありました。

二人は、家族に支えられてなんとか闘病しました。



さて話は変わりますが、多分、かづきち母の頻繁な支援がなければ二人はもっと辛かったと思います。

かづきち母は、メンタル患者さんと頻繁に接触するお仕事です。

そのため、うつへの理解があり、かづきちとくましゃんが日中に動けないこともよく理解していました。

また、病気ながらも二人が協力してなんとか生活していることをとても良いことだと考えていました。

 

特に、二人の精神は、入院中のトラウマに支配されていました。

かづきちがトラウマを抱えているのはよくわかるかと思いますが、実はくましゃんも酷くトラウマを抱えていました。

なぜなら入院中、くましゃんがいないときに、かづきちが急変することが多かったからです。

このため、近くにいないと「かづきちが何処かに行ってしまうのではないか」とくましゃんは潜在的に不安を抱えていました。

二人は、「入院」へのトラウマのせいで、どれだけうつやPTSDに苦しんでも、精神科入院という選択肢をとることができなかったのです。

 

かづきち母はそのことをよく理解していたので、できる限り二人は近くで療養した方がいいと考えていました。

 

こうして、今後2年以上にわたり、自宅での療養生活が続くのです。

次回→眠れぬ森のくま




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